270324 被告第1準備書面 ベタ打ち版 #izak
岡崎克彦裁判長 三木優子弁護士 バイト入力なので、画像版で確認してね
平成26年(ワ)第24336号 国家賠償請求事件
原告 izak
被告 東京都
第1準備書面
平成27年3月24日
東京地方裁判所民事第25部乙2A係 御中
被告指定代理人 石澤泰彦
同 成相博子
(目次)
1 東京都立葛飾特別支援学校の概要・・・・・・・・・・・・・・・2頁
2 本件学校における一人通学指導について・・・・・・・・・・・・5頁
3 N君のプロフィール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6頁
4 N君の本件学校入学以降の経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・8頁
5 原告のN君に対する指導等の問題点・・・・・・・・・・・・・13頁
6 原告に対する指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15頁
7 原告の主張に対する反論・・・・・・・・・・・・・・・・・・17頁
8 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19頁
9 原告準備書面(1)について・・・・・・・・・・・・・・・・19頁
1 東京都立葛飾特別支援学校の概要 (乙1 学校要覧)
(1)知的障害高等部単独校
東京都立葛飾特別支援学校(葛飾区金町2−14−1。以下「本件学校」という。)は、知的障害のある高校生のための特別支援学校(知的障害高等部単独校)であり、葛飾区の全域と足立区の一部を通学地域とする。
(2)生徒及び教職員
ア 生徒の実態(障害の種別・程度)
平成24年5月1日現在における第1学年の在籍生徒数は55名、普通学級は7学級、重度・重複学級が2学級である(4頁)。
同学年における出身校種別の生徒数は、知的障害特別支援学校(水元、南花畑、墨田)中学部からの生徒が17名、中学校の特別支援学級からの生徒が31名、中学校の通常の学級からの生徒が5名、知的障害特別支援学校以外の特別支援学校(視覚障害、聴覚障害、肢体不自由の各特別支援学校など)中学部からの生徒が2名である(4頁)。N君は、都立墨田特別支援学校中学部から本件学校に進学した。
同学年における愛の手帳(※)の所有状況は、2度(重度)の生徒が12名、3度(中度)の生徒が9名、4度(軽度)の生徒が30名、未取得の生徒が4名である(4頁)。
※ 「愛の手帳」とは、知的障害者(児)が各種の援護を受けるために必要な手帳として、東京都愛の手帳交付要綱に基づき、都が独自に交付しているものである(国の制度としては、療育手帳がある。)。
手帳の程度は1度から4度までに分類されている。1度(最重度)とは知能指数(IQ)がおおむね19以下で、生活全般にわたり常時個別的な援助が必要となる程度であり、例えば、言葉でのやり取りやごく身近なことについての理解も難しく、意思表示はごく簡単なものに限られる。
2度(重度)とは、知能指数(IQ)がおおむね20から34で、社会生活をするには、個別的な援助が必要となる程度であり、例えば、読み書きや計算は不得手であるが、単純な会話はでき、生活習慣になっていることであれば、言葉での指示を理解し、ごく身近なことについては、身振りや2語文程度の短い言葉で自ら表現することができる。日常生活では個別的援助を必要とすることが多くなる。
3度(中度)とは、知能指数(IQ)がおおむね35から49で、何らかの援助のもとに社会生活が可能な程度であり、例えば、ごく簡単な読み書きができるが、それを生活場面で実際に使うことは困難である、具体的な事柄についての理解や簡単な日常会話はできるが、日常生活では言葉かけなどの配慮が必要である。
4度(軽度)とは、知能指数(IQ)がおおむね50から75で、簡単な社会生活の決まりに従って行動することが可能な程度であり、例えば、日常生活に差し支えない程度に身辺の事柄を理解できるが、新しい事態や時や場所に応じた対応は不十分である、日常会話はできるが、抽象的な思考が不得手で、込み入った話は難しいとされている(なお、以上の説明は18歳以上の場合であり、児童については年齢に応じて基準が異なっている。東京都心身障害者福祉センターHP参照)。
イ 第1学年教職員の構成
平成24年5月1日現在における本件学校の第1学年の教職員構成は、学年主任1名、学級担任各クラス2名、副担任2名及び養護教諭1名である(33頁)。
ウ 平成24年度1年A組について
N君が在籍した1年A組(普通学級)には7名(男5名、女2名)の生徒が在籍した。愛の手帳2度の生徒はN君1名、3度の生徒は1名、4度の生徒は5名である。
主担任は千葉佳子教諭で、原告は副担任であった。更衣や排泄の指導は、男子生徒については男性の教員が、女子生徒については女性の教員が原則として担当している。
(3)日々の指導及び勤務の状況
ア 登校は8時35分で、その後9時30分まで各クラスで「日常生活の指導」(出欠確認、連絡帳・貴重品・定期券提出、更衣、清掃、学習準備)、「職業」(※)又は「生活単元学習」(※)が行われる。9時35分からの2限目からは、他のクラスと一緒に能力別の学習班又は作業班に分かれて、班ごとの教科や作業の学習となる。班別学習ではN君は1班に所属した。原告は3班を担当した。
給食を挟み、午後は2時限(水曜日は1時限)の授業の後、「日常生活の指導」(更衣、連絡帳・貴重品・定期券の配布等)が持たれ、15時25分(水曜日は14時25分)に下校となる(21頁)。
※「職業」とは、社会参加としての勤労の意義について理解するとともに、将来の職業生活に必要な能力を高め、実習を積み重ねることによって、実践的な態度を育てることを目的とした指導。内容については、働くことの意義の理解に関すること、職業生活で使用する道具や機械の操作及び安全と衛生に関すること、役割と外のものとの協力に関すること、進路選択のための職業の理解に関すること、産業現場等における実習に関すること、職業生活に必要な健康管理や余暇利用に関すること、職場で使われる機械や情報機器などに関することを扱い、その他作業や実習などを積み重ねることで、将来の社会参加につながる力を伸ばすことを目指している。
「生活単元学習」とは、学校内外における集団生活に参加し、人間相互の関係の理解や集団生活に必要な規律を習得し、自立的な生活に必要な事柄を、体験的、総合的に学習する指導の形態。生活単元の展開において指導される内容は、広範囲に各教科等の内容が扱われるものであり、例えば、国語科の「話すこと、聞くこと」、算数科の「量と測定、数と計算」、社会科の「社会的事象への興味・関心、消費生活」、理科の「身近な自然」、図画工作科の「絵画、デザイン、工作」、音楽科の「歌唱、器楽」などが挙げられる。生活単元学習は、単に各教科や領域の内容を合わせて指導するということではなく、飽くまでも、生活を中心とした具体的経験の組織化による生活力の育成が狙いである。
イ 教員の勤務時間は乙3(勤務時間割振表)のとおりである。
(4)進路状況
本件学校の卒業生の進路は、約4割の生徒が就職し、約3割の生徒が福祉関係就労施設に通所し、約3割の生徒が福祉施設に通所となっている(24頁)。
2 本件学校における一人通学指導について
(1)本件学校における一人通学指導の意義
本件学校の生徒の通学については、障害が重度である等やむを得ない理由により一人通学が困難な場合や、一人通学の個別指導計画に基づきあらかじめ一定の乗車期間を定めた場合、及び公共交通機関がないか著しく不便、あるいは歩行する道路事情が著しく危険な環境にある場合は全ての経路を「スクールバス」乗車による登下校を行っているが、それ以外の生徒については、自立して生きていくための必要な力をつける方針の下、基本的に徒歩や公共交通機関を利用した「一人通学」を行っている(甲1、乙1−14頁)。
すなわち、1人で徒歩や公共交通機関を使って通学することは、様々な力をつけ経験の幅を広げる大きな学習場面となるほか、生徒が保護者から心理的に独立し目的を持って行動する大きな機会となる。さらに、一人通学ができることは卒業後の進路を考える上で選択範囲が広がることにつながる。
このように、一人通学は「自立と社会参加」を目指す上での大きな力となり、その力が本人の「生きる力」へとつながっていくのであって、その指導の意味は決して小さくはないと捉えている。
(2)本件学校が行っている一人通学指導
「一人通学」指導は、個々の生徒の特性を踏まえた「一人通学計画書」を作成し、付き添い通学から始めて、段階的に完全な一人通学ができるように指導するものである(乙1)。
すなわち、一人通学には様々な能力が要求される。道路の歩き方、道路の横断の仕方、信号の理解、車・危険物の回避といった基本的な事柄から、道順の理解、交通機関の利用の仕方やマナー、さらには運転手や駅員等に対する意思伝達方法やトラブルの対処方法まで、広範囲に及ぶものである。
一方で、生徒一人ひとりの能力は様々であり、また、通学途中の交通事情や交通機関の乗り換えの有無等も様々であって、最初は保護者又は担任が全部付き添う段階から始めて、徐々に、一部付き添いの段階、後追い観察の段階を経るなど、最終的に完全な一人通学を行えるようにするのが目標であるものの、どの段階を目標とするかも含めて、個々の生徒に応じた指導を行うことが必要である(「一人通学指導マニュアル」(甲1))。その指導の場面は、必ずしも登下校の場に限定されず、生徒の段階にあわせた柔軟な指導が求められる。
(3)本件学校における事故発生時の対策(迷子・行方不明)
一人通学の実施には当然ながら危険が伴い、迷子等の事故が起こることを想定しなければならない。そのため、本件学校においては、そのような事態が生じた場合に適切に対応するために、その対応の手順を定めている(甲1−8頁、乙1−39頁)。
3 N君のプロフィール(平成24年4月当時)
(1)出身校での状況
N君は、平成15年4月、東京都立墨田特別支援学校(墨田区八広5−10−2)小学部に入学し、平成21年4月同校中学部に進学し、平成24年3月、同校を卒業した。
同校中学部在学中の平成21年度から平成22年度にかけて、保護者の協力の下、N君は一人通学指導を実施していた(乙4)。
なお、本件学校の中村良一副校長は、平成8年4月から平成20年3月まで、墨田特別支援学校小学部に在職している。
(2)障害の程度(乙5 入学相談 班別記録用紙)
ア 概要
N君は、発語はないものの、言語理解(力)・指示理解(力)はあり、コミュニケーションを取ることはできた。
本件学校に入学した平成24年4月当時、愛の手帳2度(重度)であって、入学相談時の資料では、その特徴として、「集中して話を聞くことは難しい面がある、視覚的教材があると注目しやすい、土いじり、水さわりに固執することがある」とされていた。
イ 学習能力
入学時に先立って行われた学力テストでは、文字・文章で回答することはできず(評価欄空欄)、1学年を能力別に10の学習班(1班当たり6人から7人)に分ける班分けでは、最も重度の1班とされた(学習班1班程度)。
手本の上をなぞり書きすることはできるが(なぞり書きできる)、手本を横において別の紙に同様に写すこと(視写)はできなかった。また、言われた物の名前に相当する絵を指し示すことはでき(指さし、物の名前OK)、大きなものと小さなものの区別もできた(大小の理解OK)。
ウ 運動能力
入学に先立って行われたスポーツテストでは、歩行・平均感覚についてはA評価(できる)、巧緻性・筋力、ラジオ体操、ランニングはB評価(部分的にできる)であった。指示された集団行動やゲームはできず(C)、ボール運動や言われた情報の伝達はやらなかった(D)。
エ 健康状態
知的障害があるほか、自閉症・てんかんと診断されていた。
オ 入学前の面接時の状況
入学前の面接において、質問に対して返答することは困難であった。また、座っていても動きがあり、たまに声が出ることがあり、手遊びが多かった。
行動観察において、更衣は半介助が必要であるが、簡単な指示理解はあった。
その他、水に対するこだわりが見られ、手洗いに時間がかかった。
4 N君の本件学校入学以降の経緯
(1)入学時から、5月連休明けまで
ア N君は平成24年4月(以下、単に月又は月日をいう場合は平成24年の月、月日を指す。)、本件学校に入学した。クラスは1年A組で、主担任は千葉佳子教諭、副担任は原告であった。
N君の登下校は、母親又はヘルパーが付き添って開始された。
N君は8時25分に教室に入り、担任教師が教室へ来る8時40分までの15分間、他の生徒が着替えをしたり係の仕事をしたりする間、N君は椅子に座ってずっと待つ状態が続いた。
N君のクラスでの係は当初は出席簿係で、朝、職員室に出席簿を取りに行く役割であった。
イ 本件学校と家庭間の連絡は、「連絡帳」によって行われたが、N君については、家庭からの報告を十分記載できないため、4月11日から、特別な様式を使用することとなった(なお、甲3の1及び2は、当該連絡帳の記載を原告が抜粋したものである。以下、本書面における記述の文中及び文末のカッコ付日付は、同号証の該当部分を指す。)。
連絡帳では、発語がないN君について、コミュニケーションを取るコツ(例えば、トイレに行きたい時のサイン、大きな音が嫌な時のサインなど)や仕草、癖等(例えば、手遊び、水遊び、土・砂いじり(4月19日、4月20日))、得意な事や苦手な事、急な予定変更でパニックとなった時の対応(4月24日)等について、教員側からの質問に母親が答える形で情報交換がなされた。また、母親からは、登下校時の様子や、下校後の習い事、休日の過ごし方等について情報提供がなされた。
この頃、母親から、下駄箱での履きかえ時の対応、朝登校後の定期券入れの取り外し提出について、教員が手助けせずに言葉かけをして自力で行わせてほしい(5月2日)、また、水遊ぴ・砂いじり、タオル・ハンカチを噛む癖について可能な範囲で止めさせてほしい旨(4月26日)要望がなされた。
ウ 母親はPTAの用事で学校にとどまることがあり、その際にN君の様子を見学することがあった。また、原告は、母親から読んでほしいと渡された本(「重度の生徒の就労に向けての取り組み」愛媛大学教育学部教授 上岡一世著)を、なかなか時間が取れないとの理由で読まずに返却したことがあった(5月9日)。
(2)家庭訪問から体育祭明けまで
ア 5月10日午後、担任の千葉教諭と原告は、N君宅を家庭訪問した。その際、母親は、本件学校入学以前に在籍・卒業した都立墨田特別支援学校中学部では登下校を一人で行っていた、本件学校でも一人通学をさせたい旨希望を述べた。
これに対し、千葉教諭は、N君が道路を横断するときの安全確認が不十分であること、もう少し様子を見てからにしてはどうかと提案し、母親も同意した。
イ 家庭訪問後に、母親は連絡帳に、体育祭(5月26日実施予定)明けくらいから、通学路の一部(本件学校と直近の金町三丁目バス停間)の一人歩きの練習に入りたいと記載した(5月14日)。
これに対して、原告は、翌日の連絡帳に、一人歩きの練習に誰か付き添う人がいるのか、担任は現在下校後の後追いはできない、不安である旨書き入れた(5月15日)。
母親はこれを受けて、登校の際、N君を少し先を歩かせる(母親やヘルパーは少し離れて付いて行く)(同日)、また、N君にGPS端末(GPS機能がある携帯端末)を持たせるが、ヘルパーや母親の視野に入る形での後追いの場合はGPS端末を持たせない旨記載した(5月16日)。
千葉教諭は、本件学校の校舎から道路を隔てたグラウンドに渡る横断歩道で左右確認ができる様になれば一歩一人通学に近づくこと、左右確認ができる様になったら伝えること、一人通学にはもう少しゆっくりと取り組みたい旨書き入れた(同日)。
母親は、これに対し、中学部(墨田特別支援学校)での一人通学と本件学校での一人通学の違いが理解できない旨感想を書き入れた(同日)。
ウ その後、母親は、ほぼ毎日、登下校の様子を具体的に連絡帳に記載した。この頃、学校から保護者に一人通学指導方針の記載がある「年間指導計画」(乙6)が配布された。
(3)授業参観週間(6月4日〜6月8日)
ア 6月4日(月)から8日(金)までは本件学校では授業参観週間とされ(乙2 年間行事予定表)、保護者や近隣住民等は自由に本件学校内に入って授業等を参観できた。母親は、ほぼ毎日、1年A組の朝の会やN君の授業、終わりの会などの様子を参観した。
イ 6月5日、母親は面談の申し入れをし(6月5日)、翌6日、担任の千葉教諭及び原告と面談を持った。面談で、母親は、着替えや朝の係仕事について、教師が手を出さず、言葉かけをして見守ってくれるよう要望した(6月6日)。また、一人通学についても、現在の後追いから更にレベルを上げたい(例えば、N君から少し離れて後追いする形から、一時姿を隠して先回りして待ち構える(その間は、N君は全く一人で歩く)など、少し程度を上げる。以下「自主的な一人通学練習」又は単に「自主練習」という。)旨希望を述べた。これに対して、原告は、母親の要望どおりに行うことは難しい旨述べた。
ウ しかし母親は、やはり納得できない、墨田特別支援学校中学部の時は子どもの能力を信じることを教えられ一人通学を行った、本件学校でも一人通学を行いたい、学校には迷惑をかけない、明日7日から、自主練習を行いたい旨表明した。
エ 6月7日、母親は校長室を訪れ、校長に対して一人通学指導についての要望を述べ、本日より自主的な一人通学練習を始めたことを伝えた。
校長は、原告を呼び、N君の一人通学の指導計画を作成するよう命じた。しかし、原告は、これを拒否したため、校長は、学年主任と生活指導主任に相談したところ、生活指導主任が原告に代わり一人通学の指導計画を作成した(乙7)。
オ 6月8日、母親は千葉教諭と面談し、自主的な一人通学練習について説明した。千葉教諭は、学校もN君の一人通学をパックアップしたい旨連絡帳に書き入れた(6月8日)。
(4)6月11日から6月16日まで
ア 母親は、登下校で、一時姿を隠して先回りして待ち構えるなどの方法での一人通学の練習(自主練習)を開始した(6月11日)。毎日、通学の状況を連絡帳に記載した。
イ 6月14日の登校時、自宅から自宅直近のバス停へ向かう途中で、一人で歩くN君が交差点を青信号で渡ろうとしたところ、同方向から来た車がN君に気付かずに右折して来たが、N君が先に気付いて立ち止まり衝突を回避できたことがあり、一人通学をさせるに当たっての安心材料になった旨母親から連絡帳で伝えられた(6月14日)。
ウ 6月15日、原告は、前日のことについて、危険な状態でありしっかりと付き添って通学するよう(自主練習は止めるよう)母親に申し入れた。なお、この時、原告は一人で母親と面談した(千葉教諭は立ち会っていない。)。
母親は校長室を訪ねて校長に上記を報告するとともに、今後も自主練習を続けること、原告にN君の指導をさせないでほしい(原告の学級からN君を外して欲しい)旨申し入れた。
母親は、さらに、学校としてできないことは年間指導計画に書かないで欲しい、原告の研修歴(研修実績)を教えて欲しい、原告の授業を観察して欲しい等申し入れた(甲2の1)。
(5)6月18日から6月28日まで
ア 週が代わった19日(火曜日)、母親は、N君の朝の指導(連絡帳提出、定期券取り外し提出等)を自分(母親)が行うと宣言して実施した(6月19日)。同日の下校時に、N君が途中で母親と落ち合うことができずに本件学校に戻ってしまう出来事があった(同日)。
イ 6月20日朝、原告は母親に対し、一人通学指導については勤務時間外の休憩時間に実施することとなるため、教員はいわばボランティアで行うことになり、事故発生時の責任も教員個人が負うことになるから一人通学指導はできない旨述べた。
母親はこのことを校長に報告するとともに、原告に対して、上記発言の趣旨の説明を、連絡帳でなく別紙で回答するよう求めた(6月21日)。
ウ 6月21日、原告は、連絡帳に「ご質問にお答えします。『ボラ』『事故』について、休けい時間中に指導をしていて事故が起きたときの責任は誰が取ることになるかということです。担任がボラとしてやっていて責任を取ることになるのかということです。休けい時間を別にとり、業務であるので責任は学校にあるということで解決しました。また『組合としてはそうでしょうか』ということに対して、私は組合員ではありません。」と書き入れた(6月21日)。
エ 6月22日、母親は、別紙で回答を求めたにもかかわらず、原告が連絡帳に記載したことについて、原告に抗議し(6月22日参照)、その後母親は副校長と面談し、上記ウの連絡帳の記載のことを報告した。その際、副校長が、校内での教室間の移動の際、原告がN君の手を引いて移動させているところを目撃したことを告げた。その後、母親は、下校時に付き添いを依頼しているヘルパーからもN君が手をつないでくるとの報告があった、このことはN君の自立を阻害し、むしろ退行させる懸念があるとして、同月28日に予定されている校外学習には、原告以外の教員が引率するよう申し入れた。
オ 6月28日の校外学習で、N君の引率は副校長及び学年主任の飯田教諭が行った。
(6)6月29日から7月20日まで
ア 6月29日、母親は校長室を訪れ、校長、副校長と面談した。母親は、原告のN君に対する指導には問題が多いとし、6月15日に申し入れた点について対応を求めた。その後、校長は原告を呼び、母親が原告をN君の担任から外すよう求めていることを告げた(甲2の1)。
イ 7月2日、母親は、副校長に対し、6月29日(ボーナス支給日)の1年A組の帰りの会を、通常担当していた千葉教諭に代わり原告が指導したことに生徒が驚いたところ、原告は生徒に「今までは見習い期間でした」と述べたことなどを報告し、重ねて原告の研修歴を示すよう求めた(甲2の2)。
ウ その後、母親から校長に対し、原告が母親に対し、自分はN君の担任ではないという発言をしたことがあったことなどから、通知表(学期のまとめ)の教員欄には原告名を記載しないよう申し入れがあった(甲2の3、4)。
エ 7月20日、校長は、母親に対し、原告の氏名の記載のない通知表(乙8一学期のまとめ)を交付した。
5 原告のN君に対する指導等の問題点
(1)一人通学指導をしないこと(責任感・使命感の欠如)
一人通学の可否は、本人の社会的能力や将来の進路に大きくかかわり、特別支援教育においても重要な指導内容の一つであり、N君の保護者もその指導を強く要望していた(前記4(2)ア、イ)。なおかつ、本件学校においても、一人通学指導の実施に指導の重点を置いていた(乙1、乙6)。
そのような状況でありながら、原告は、N君の障害が重度であり達成の見込みがないこと、一人通学指導が勤務時間外でボランティアとして行われること、万が一事故が起きたときの責任を問われること等の独自の理由に基づき、一人通学指導を行わなかった(前記4(2)イ、同(3)イ、ウ、同(5)イ、ウ)。さらに、保護者がやむを得ず自主的に実施した練習についても、それを止めるよう求めた(前記4(4)イ、ウ)。
しかしながら、特別支援教育において、指導は個々の生徒の障害程度に応じて行うものである。例えば、信号が分からなければ信号が分かるような指導をすることも一人通学指導の1つである。独自の理由に基づき一人通学指導を全く行おうとしない原告の対応は、自らの権利擁護のみを優先し、生徒の人権や保護者の切なる要望を無視するものであり、教育公務員としての責任感・使命感が全く欠如しているものである。
(2)N君の自立・自主性を阻害する指導(障害特性や生徒理解の不十分)
原告には、N君の登下校時や授業時の諸準備(連絡帳の提出、定期券の取り外し提出、取付け、更衣、教室清掃のために机・椅子の運搬、出席簿の係活動等)に手を出してしまうこと、教室移動等で手をつないでしまうことが頻繁に見られた(前記4(1)イ、同(3)イ、同(5)エ)。
生徒の安全を守るために手で引き留めることは安全確保のため求められることは確かであるが、原告がとった行動は、学校内の安全な場所であるにもかかわらず、本来生徒が自ら行う場を与える必要があることがらについて原告が対応してしまったり、単に生徒を移動させる目的で手を引いたりするということが頻繁にあったのである。
こうしたことは、生徒の自立・自主性を阻害するものである。
(3)保護者との信頼関係の喪失
ア N君の個々の指導に関する保護者の要望を十分に受け止めなかったこと原告は、N君の母親が、着替え、連絡帳・定期券の提出等を自主的にできるよう指導して欲しいと再三要望したにもかかわらず、これを十分に受けとめなかった(前記4(3)イ)。さらに、一人通学指導に取り組んで欲しいとの母親の要望を十分に受け止めなかった(同(2)イ、同(3)イ、ウ、同(4)イ、ウ)。
いずれの要望も保護者の要望としては想定しうるものであり、原告はこれを十分に受け止めて保護者に寄り添った対応が求められるところ、原告はこれを行わなかったことにより、保護者は原告に対する不信感を募らせた。
イ 保護者とのやり取りで不適切な対応があったこと
上記アのほか、原告は、母親が参考図書を示して原告の指導方針や特別支援教育についての考えを聞きたいと求めたことに対して、当該図書を読まずに返却したこと(前記4(1)ウ)、母親が自主的に実施した一人通学練習について否定的に捉えたこと(同(4)ウ)、教師である原告自らは一人通学指導を行わないと母親に言い渡したこと(同(5)イ)、さらに、連絡帳に不適切な記載をしたこと(同(5)ウ)があった。
このように保護者の要望を踏みにじったうえ、教員としての使命感に欠ける言動等により、原告は、保護者との信頼関係を喪失したもので、教師としての資質に問題があったと言わざるを得ない。
6 原告に対する指導
(1)N君の一人通学の指導計画の作成の指導
ア N君の母親は、5月連休明けの担任教師による家庭訪問以降、卒業した墨田特別支援学校中学部で行っていた一人通学を行いたい旨要望していたが、原告はこれを時期尚早と拒否したところ、6月7日頃、母親は校長に対して、一人通学指導の実施を要望した。校長はこれを受けて、原告に対し、一人通学の指導計画を作成するよう命じたものである(前記4(3)エ)。
イ 先に述べたように、一人通学の可否は、本人の社会的能力や将来の進路に大きくかかわり、本件学校の特別支援教育においても重要な指導内容の一つであって、N君の保護者もその指導を強く要望していたのであるから、N君の障害特性を踏まえて行うことが可能な指導目標を立てるなど指導の内容を検討すべきである。また、一人通学が自宅と学校の全区間において行われることは最終目標であって、その指導は、部分的、段階的に指導を行うものである。
上記のような管理職らの考えに対して、原告は、N君の障害が重度であって達成の見込みがないと勝手に決めつけ、一人通学指導が勤務時間外でボランティアとして行われること、勤務時間外の指導中に万が一事故が起きたときの責任を問われること等の独自の理由に基づき、一人通学の指導計画を作成しなかった。結果として、生活指導主任が一人通学指導の計画を作成した(前記4(3)エ、乙7)。
(2)授業観察
上記の母親の訴え以降、校長及び副校長は、原告の授業観察を行った。
N君の母親は、当初は一人通学指導の実施を校長に要請したが、その中で、原告の日常の指導においても触れたことに端を発し、保護者の要望に沿わない指導等が明らかとなった(前記5(2))。管理職らとしては、母親の訴えを放置することは許されず、まず、当該事実の確認をする必要があったものである(乙9)。
(3)課題の作成
ア 原告の一人通学指導の不実施や、保護者の要望に沿わない指導による母親の原告に対する不信感は日を追うごとに増強され、母親の自主的な一人通学練習に対する6月15日の原告の対応や(前記4(4)イ、ウ)、同月21日の原告による連絡帳の書き込み(前記4(5)ウ)によって信頼関係は完全に失われ、その後も原告が自力で信頼関係を回復することはできなかった。
イ 当初、管理職は、母親が原告によるN君の指導を拒否していることを告げ、自力で信頼関係を修復するよう促したものの、原告は、母親の手紙を開示するよう強く求めるのみで、自ら関係修復を図ろうとしなかった(甲2の3)。
そこで、管理職としては、母親の信頼関係を修復するために、信頼関係喪失の原因となった、原告のN君に対する指導上の問題点(前記5(1)、(2))の解決のために、N君のような重度の障害を持つ生徒に対する専門的な指導方法(教材作成を含む。)に焦点を合わせた課題作成(甲5の1)を命じた上(甲4の1ないし3)、これに対する副校長の講評・助言による指導を、夏季休業中に週1回の間隔(8月7日、14日、21日及び28日)で、原告に対して行ったものである。
しかしながら、原告は母親の手紙等の開示等を強硬に主張し(甲4の3、甲5の2)、担任としてN君を指導する立場でありながらその指導を拒否し、重度障害児の指導方法とは異なる、学習3班における教材研究(九九、漢字ドリル等)にもっぱら終始し(甲5の2、3)、副校長による面談を「拷問タイム」と称して(甲4の3)、母親の求める専門性の向上を図ろうとしなかった。
7 原告の主張に対する反論
(1)原告の主張(責任原因(訴状4頁))
原告は、
① 管理職らが、原告に対して、N君の一人通学の指導を実行や責任を押し付けたこと
② 管理職らが、通知表から原告の氏名の記載を削除したこと
③ 管理職らが、原告の授業観察を行ったこと、課題作成を命じたこと、週1回の面談を行ったこと
が違法であると主張する。しかしながら、以下のとおり、何れの点においても何ら違法はない
(2)被告の主張
ア ①について
原告は、N君は障害が重く一人通学は無理であると決めつけ、その上で、管理職らがその指導を命じたことが違法であると主張する。しかしながら、一人通学の可否は、就業の可否に直結し、特別支援学校高等部卒業後の進路選択に大きく影響することである。また、N君の保護者も一人通学指導の実施を強く要望している。したがって、仮に困難が予想されることがあったとしても、生徒一人ひとりの諸能力の向上を目指すべき特別支援学校としては、一人通学の指導を行うことはN君の自立にとって重要であることは明らかである。そもそも、本件学校の教育課程届や学校要覧(乙1−14頁)や保護者に配布された年間指導計画(乙6)にも記載されているように、一人通学の指導は本件学校の指導の重点に置かれているものである。
よって、N君の担任である原告に対して一人通学の指導を命じたことが違法となることはありえない。
原告が、N君は障害が重く一人通学は無理であると決めつけることは、指導力(その前提としての障害特性理解及び生徒理解)が不十分であることを示している。N君は、出身学校(都立墨田特別支援学校中学部)でも一人通学指導が行われていたし(乙4)、本件学校においても、一人通学指導が行われた結果、N君は、一部区間ではあるものの、学校とバス停(金町三丁目)間の一人通学ができるようになった。
イ ②について
確かに、生徒・保護者に交付する通知表(学期のまとめ)に副担任である原告の氏名を記載しないのは異例ではある。しかしながら、原告との確執が生じたN君の保護者からの要望があり、その心情を配慮して、あえて、保護者に交付される通知表に原告の氏名を不記載としたものであって(「学期のまとめ」は飽くまでも家庭へ向けた学習の記録である。)、その不記載が違法と評されるものではない。
なお、学校保管の公簿である指導要録等には、副担任として原告の氏名の記載がある。
ウ ③について
管理職らとしては、原告には、一人通学指導の不実施以外にも、指導上の課題があり(障害特性理解や生徒理解、責任感・使命感の欠如、保護者との信頼関係の喪失)、その是正(指導力の向上)の指導を行うのは、管理職としての職責上当然なことである(乙9)。
授業観察は、保護者からの苦情があった際に、苦情の内容が確かなものか、原告の授業内容を確認するためには必要なことである(乙9)。
また、原告に対して出された課題は、原告に対する個別的指導(専門性向上の手立て)としての意味を有し、管理職が適宜実施できるものであるし、面談は、課題の実施についての講評を行うものであって、やはり個別的指導の一環として行われたものである。
そして、課題の内容は、保護者との信頼関係について原告の認識を問うものであるところ、一人通学指導等を巡って原告と保護者との間で確執を生じ、さらに、原告の特別支援学校教師としての専門性に疑問を抱いた保護者との信頼関係が損なわれた事実からすれば、その状況(専門性の欠如)を認識させ、その解決に何が必要であるか(専門性の向上)を原告に自覚させるものであるから、適切妥当なものである。
したがって、原告に対して、当該課題を出し、その指導のための面談を持ったことには何ら違法な点はない。
8 結語
以上のとおり、原告の請求には理由がないから棄却されるべきである。
9 原告準備書面(1)(平成27年1月20日付け)について
(1)「第1 答弁書に対する認否」について
ア 1について
千葉教諭は、5月10日の家庭訪問では、一人通学の開始はもう少し待った方がいい旨述べたが、その時点では、N君の能力がまだ十分に把握できていなかったためである。その後、N君の一人通学の自主練習をバックアップしたい旨肯定的意見を述べた(甲3の2、6月8日)。
イ 2について
被告は、「一人通学の指導計画」(乙7)について述べているのであって、原告の言う「個別指導計画」とは全く別ものである。
ウ 3及び4について
本書面5(1)、同(2)記載のとおり。保護者からの苦情については、校長及び副校長は十分に説明した(6(3)イ)。
3のなお書き部分及び4は、非常に問題のある主張である。本件学校においては、生徒らの日常生活指導(一人通学指導を含む。)を行うことに重点を置いていたのであるから、N君の学級の副担任である原告にもそれが当てはまることは言うまでもない(乙1、乙6)。一方、N君が所属しない学習班3班の担当としての指導力を問うているのではないことは自明のことである。その日常生活指導上の指導力の欠如が問題とされているにもかかわらず、「一体何が問題なのかがわからず」というのであれば、その指導力の欠如以前の問題としか言えない。
エ 5について
多くの教員によりごく日常的に行われていることがらであり、いちいち特定する必要を認めない。
オ 6について
原告が、教室移動の際にN君の手をつないでいることは現認されている。
カ 7について
人証により明らかにされる。
キ 8について
中村副校長は、N君が卒業した都立墨田特別支援学校に平成8年4月から平成20年3月まで在職した。
ク 9について
原告は、N君の一人通学指導計画を作成しなかった。学年主任と生活指導主任が代わりに作成した(乙7)。
ケ 10について
日常の勤務時間の割振りは乙3のとおりであるところ、一人通学指導が休憩時間にかかる場合は、休憩時間をずらすなどして対応する。したがって、勤務時間外に及ぶことは一般的ではない。
コ 11について
中村副校長は、平成24年6月28日に行われた校外学習(上野動物園)に引率として参加していない(答弁書10頁最下行は訂正する。)。
サ 12について
授業観察は必要があれば行うものである。
シ 13について
原告には、平成22年の時点で、三楽病院以外の医療機関(神経科)の受診歴がある(甲7、2010-03-11の記載)。
(2)「第2 原告の主張」について
ア 1、2について
一人通学指導は学級担任の職務である。学級担任は、保護者と連携しながら、生徒の障害程度に応じた指導を行うべき職責がある。
また、一人通学は、生徒の能力や通学経路の難易度によって、一部区間で実施することを達成目標とすることもあるから、原告の主張は当たらない。
イ 3について
管理職は、口頭でN君の母親の要望の内容を伝えている。その内容は、甲2の1及び2並びに甲4の1ないし9に記されているとおりである。
(3)「第3 文書の提出要請」について
ア 1(葛岡校長のノート)、2(中村副校長のノート)について
現時点で、提出の必要を認めない。
イ 3(母親の手紙、連絡帳)について
母親は、手紙(学校所持)、連絡帳(保護者所持)について証拠提出を承諾していないため、提出できない。
ウ 4(N君の年間指導計画)について
現時点で、提出の必要を認めない。
エ 5(N君の一人通学指導計画)について
乙7として提出する。
オ 6(N君の心身の状態、能力について記載した書面)について
乙5として提出する。
270324 被告第1準備書面 ベタ打ち版 #izak